社交辞令と嘘の境界、その先にあるもの

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社交辞令だと気づかず、つい攻め過ぎてしまうことがある。


「また今度、飲みにでも行こう」

このセリフが苦手だ。普段、友人知人からこう言われると、ついつい「いつ行きます?来週?再来週?何曜日?」とその場でグーグルカレンダーを開いてしまい「社交辞令なのにこいつ本気かよ」と相手の表情が曇る瞬間を何度も見てきたからだ。流石に空気の読めない僕でもこれなら社交辞令でしかなかったんだなと理解できる。

しかし面白いもので、ポーカーフェイスで「あとで連絡しますね」なんて保留されることもある。この場合、僕には相手が心の裡でどう考えているか皆目見当がつかないから、タチが悪い。


先月、初めてお会いした方と「今度温泉行きましょう」という話になった。

「この方面白いな、今日お茶しただけだと物足りないな、もっと色々なこと教えてもらいたいな」と思っていたので、その日の裡に日程を仮決めさせて頂いた。

クソ若輩者の僕なんかからすると、相手は知識も経験も比較することすらおこがましい程の先輩。「こんなつまんねーやつに、時間と金と体力使って小旅行なんてするかよ」と思われかねないということは自覚していた。だから、このように多少強引に誘うことに多少の勇気は必要だった。

しかし、だからこそ、しっかりと今回の旅行(それどころか、まさに、裸の付き合い)をご快諾いただいて、嬉しかったのよ。

ちなみにその時の様子はこちらからどうぞ。

台北郊外にある旧金山総督温泉に行ってきた


相手にその気がない時の態度はワンパータンだ。

「その日はだめ、あの日はだめ」と自然消滅を図られる。「じゃ、大丈夫な日は?」と尋ねても回答ははぐらかされる。

これはたまらなくさびしい。

金がないだの、家庭の都合がだの、他の理由をつけられることも勿論ある。面倒臭い人間だなあと思われても仕方がない。こうでもしないと「また今度、飲みにでも行こう」なんてことは、ほとんど実現しない。イヤなら初めっから誘わないで(社交辞令を言わないで)くれと思う。

そうは言っても社交辞令抜きの世界は実際寂しい。

だから社交辞令を言われた方が本気にしてしまった、にも関わらず本来はその気がない場合は、素直に「ごめんなさい、ただの社交辞令でした、あなたと次の機会はありません」とお伝えいただくだけで十分だ。社交辞令で誘ったのに相手が本気になったから、もう一度付き合うかという気持ちになることだってあるし、そもそも僕の場合はそれを狙っている。

くどいようだけれども、社交辞令を言ってしまった手前、本気にしてしまった相手を断りづらくてずるずると誤魔化し続けて、相手が諦めるのを待つ行為がさびしい(し、やっかいだ、これはもうただの嘘つきだろ)、というのが僕の考えである。


年末年始に日本の実家に帰った。

僕の妻は台湾人で、僕らはいわゆる国際結婚だ。親同士は結婚式で一度会ったのみ。それに加え、僕の親はまだ一度も僕らの住んでいる台湾へ来たことがない。だから親同士の親交を深める意味でも、僕らの生活拠点を知る意味でも、普段から「行きたい、行きたい」と言っている。僕らとしても台湾の土地を、人を、家族を紹介したいと思っている。

ところが、話を聞くと、母がパートを始めたらしい。「台湾に行くのはもっと難しくなるね」と、残念そうに呟いた。

これまで何度誘っても「いつか行きたい」との返事だった。言葉ではそう言うものの、何かと来ない理由を見つけてきてしまう。特に厄介な理由が「飛行機の乗り方がわからない」だった。その理由はすでに理解していたので、ちょうどいい機会だと思い、その場で僕が台湾へ帰る便と同じ航空券を探してみた。空席があった。金がないからという理由をつけられたらイヤだった(し、もしそうなら親は言い出しづらいだろうと思った)ので、その先回りも含めて「航空券買ってあげるから、僕らが帰る便で一緒に台湾行こうよ」と申し入れた。

結果、轟沈。やはりなんだかんだ理由をつけられてしまい実現しなかった。ここまで来るとそれらの理由が本当なのか、言い訳なのか、「台湾に行きたい」というのが社交辞令なのか、嘘なのか、僕には理解することは不可能。もし台湾に来たいと思っていないのなら、もう台湾行きたいと言わないでくれと思う。

準備が徒労に終わるのは哀しい。


同じような考えを持っている友人がいた。

台北で知り合った同年代のある友人と、初めて会った時の別れの言葉は「今度あらためて飲みに行きましょう」だった。いつもなら僕が「じゃ、いつにする?」と尋ねるところ、彼が先にそう言った。話してみると、彼も同じ考えの持ち主だった。それ以来、お互いそういう考えなので、会うたびに次の予定が決まった。会う頻度が高すぎると思った時なんかは、気をつけて、今度飲みに行きましょうなんて社交辞令を言わないようにした。きっと彼もそういう風にしていたと思う。

それは社交辞令を言いたくないから、嘘をつきたくないから、自分の言葉に責任を持ちたいからだったのだと思う。

彼とは頻繁に飲みに行っていたが、残念ながら最近別の国に転勤してしまった。


「どこそこに行きたい〜」と言いつつ、全く行動に移さない人がいる。

社交辞令ならしょうがないけど、本当に来たいなら、それこそ台湾なんて1泊でも楽しめるし、費用だって数万円あればなんとかなる。「行きたい、本当に。でもダメなんです!」って言って、枝葉末節の理由を挙げる人の考えが全く理解できない。どうしても実現不可能というわけでなければ、細かいことにとらわれず、やりたいことはやればいいと思う。

僕は比較的自由にそうしてきた。行きたいとこには行くし、遊びたいときは遊ぶ、飲みたい酒は飲む。

その結果、いま貯金がなくて苦しいです。だれか100万円ください。。

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