英語を喋れないことは罪ではないが、外国人アレルギーは罪深い

最終更新日


久しぶりに「アヒルと鴨のコインロッカー」を観ました。

この映画の舞台である仙台に住んでいたということもあり、今でも大好きな映画です。非常によく創りこまれていて、あっという間に2時間が過ぎてしまいます。とってもおススメです。

話の内容はAmazonで予告編が観られるので、そちらからどうぞ。

で、この映画の地味なテーマの一つに、日本人の外国人アレルギーがあります。注意深くこの映画を見ると、その外国人アレルギーがまさにこのドラマを産んだということがわかります。

外国人アレルギーとは

外国人アレルギーとは何でしょう?

僕はそれを良くも悪くも「外国人を必要以上にビビってしまう」ことだと思っています。

たとえば、路上で非日本人に声をかけられパニックになって「アイキャンノットスピークイングリッシュ!」と反射的に言ってコミュニケーションを拒否してしまったり、繁華街で僕らと見た目が違う人たちに構えてしまったり、電車で外国人がいると「おっ!外国人!!」という雰囲気になってしまったり。

あくまで僕の個人的な感覚ですが、このような例は全くないことではないはずです。

映画の序盤でも「外国人が、バス停で並んでいる日本人に非日本語で話しかけるも完全無視され、挙句バスに乗れない」というシーンがありました。

閉鎖的になりがちな環境

日本は地理的に海で諸外国と分断されているので、人口も日本人比率が高いです。

なので、普通の環境だとあまり非日本人と異文化コミュニケーションをとる機会がないのではないでしょうか。僕は(首都東京のベッドタウン代表格である)埼玉の一般的な環境で育ちましたが、幼少の頃から日本人以外と異文化コミュニケーションをとる機会はほぼなかったです。

強いて挙げれば、小学校の英語教室、高校の英語教師くらいでしょうか。

中学生の頃は在日外国人の同級生もいましたが、「外国人」を意識していなかったので、この範疇に含めません。大学生の頃は、留学生や外国人の先生たちと触れ合うこともありましたが、避けようと思えば避けられたはずですし、興味がなければわざわざ異文化の相手とコミュニケーションしないですよね。

なので、そもそも、日本人は外国人と触れ合う機会が少なく、慣れていないのではないでしょうか。

コミュニケーションできない悲劇

日本語はマイナー言語です。

調べたところ、日本語を母語にしている人数は世界中で1億人強で、人口比で数パーセント程度だそうです。つまり、調べるまでもなく、日本人しか日本語を母語として喋っていません(もちろん例外はありますが)。外国人が日本にやってくる際、必ずしも日本語が喋れるわけではありません。すると、まずは世界の共通語である英語を使うはずです。

しかし、日本人は英語ができない。いや、それ以前に外国人アレルギーでコミュニケーションがとれない

英語の文法や単語は理解していてもコミュニュケーションがとれないなら、英語がわからないともっとコミュニケーション取れないですよね。

先ほどのバス停のシーン、並んでいる日本人たちは大学の新入生たちです。それなりの試験を通っている人たちでもあの反応なので、一般人となれば推して知るべし。

その後「アヒルと鴨のコインロッカー」では英語ができず、外国人とコミュニケーションが取れないゲームセンターの警備員が、物語開始のトリガーを引きます。

だから僕は、英語を喋れないことは罪ではないけれど、外国人アレルギーは罪深いと思っています。

あの警備員に外国人アレルギーがなければ、この物語の悲劇はもっと違う形になっていたかもしれないと思うからです。

僕らが某遊園地で受けた仕打ち

「アヒルと鴨のコインロッカー」を観ながら、以前台湾の友人と浦安にある某遊園地に行った時のことを思い出しました。

当時のmixi日記に残っていたので、引用します。

オリエンタルランドが提供する非日常のサービスは、日本国内だけでなく、海外でも高評価。

台湾の友人と一通り満足に一巡し、帰り際に友人がお土産屋で一人で会計をしていた。遠くから見ていると、どうも困っている様子だったので近づくと、店員さんは「今すぐ使いますか?袋に入れますか?」と尋ねていた。日本語を少しも学んだ事がない友人は、会話を理解していないジェスチャーをしたが、店員さんはもう一度その言葉を繰り返すだけだった。こういう時、外国人慣れをしているなら、ゆっくり喋るなり、平易な日本語を使うものだ。しかしその店員さんはそれがなかった。

友人は質問が聴きとれないので、ただ”yes,yes”と繰り返していた。

見るに見かねて私が通訳すると、店員は近くにいた私が日本人であることに心底驚いた表情をした。日本人である私にサービスの怠慢を見抜かれたことに驚いたのだろう。その店員は、友人に内容を理解させようものなら出来たのだろうが、その努力を怠ったのである。私は店員さんの驚いたその表情が未だに忘れられない。

◯ィズニーランドは誰にとっても特別な場所であってほしい。そんなところにも配慮が欲しかった。

日本国内外に於いてもサービス力で有名なディ◯ニーランドでさえ、(特にアジアの)外国人に対する意識はこんなものである。

もちろん、日本人みんなが皆こうではないですが、こういう日本人は多いと思います。

要するに外国人アレルギーでコミュニケーションを怠ってしまう行為です。

そもそも「今すぐ使いますか?袋に入れますか?」なんて、日本語としても難しすぎると思う。戸惑わせるくらいなら、質問せずに袋に入れてしまえばいいのに。

海外在住日本人も日々戦っている

「日本人の外国人アレルギーは良くない」という話でしたが、例えば僕のように台湾(外国)で日本人が暮らしていても、似たようなことは頻繁に起こります。

台湾だと中国語で話しかけても「外国人だから英語でイケるでしょ」短絡的で独善的な判断で英語を使われてしまうことがよくあります。僕は英語より中国語の方が慣れているから中国語で話をしているのに、その状況を無視して(お互いに母語ではなく、流暢でない)英語に切り替えられると、正直、戸惑います。

同様に、これは空港などで多いのですが、僕がそれなりの中国語で話をしているにも関わらず、僕の中国語より明らかに下手くそな日本語で返されるのにも戸惑います。「日本人だからとりあえず日本語か」という反射的な判断が利いていて、正常なコミュニケーションを阻害しています。これれは、日本人と逆パターンの外国人アレルギー(過剰反応)だと思っています。

僕たちはこれからを生きないといけない

日本は少子高齢化が進み、外国人労働者を受け入れていく方向に進んでいます。日本人が外国に出るより先に、外国人が日本に来るようになってしまいました。コンビニやファーストフードにも外国人店員が増えて来ました。

この場合、僕らは外国から来るみんなを許容して、理解して、尊重する必要があると思います。

(彼らにとっては外国で外国語を使って生活しているんだから、それだけで大変な気苦労。だから母語話者が包容力をもつのは当たり前だと思うからです。)

なので外国人コンビニ店員に「日本に来たんだから完璧な日本語喋れよ!」と言っちゃう人とは完全に考えが合わないです、罪深いと思います

ま、偉そうなこと言ってもアレなんで、楽しく映画でもご覧になってください。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

2件のコメント

  1. 確かに共感できます。
    多分、そのスタッフは接客マニュアルを盾にして自分を正当化しようとしているように思えます。
    悲しい日本人でしたね……
    私が台湾に旅行した時は、台湾の方はみんな親切で相手のことを親身になってくださいました、私が台湾を好きな理由です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントする